和声学とかコード理論をやり始めると、そもそも普段使っている音階自体が周波数的にどのような並びなのかと言う疑問につきあたります。
ところが色々調べると、西洋音階(ドレミファ・・・)だけでも、実は色々な調律法があると言う事がわかります。調律法といっても調律師が使うテクニックの事じゃなくて、各音の周波数の比率のことです。ここでは代表的な調律法(音律とも言う)について書きます。
まずは現代人が主に使っている「平均律」です。鍵盤楽器(もちろん電子楽器も)やギターなどのフレット付きの弦楽器は、各音好きな音程で調律可能であり、平均率でチューニングされています。
まず、オクターブ(C−C')は1:2の周波数比とします。この音程(ユニゾン)当然よく調和するのですが、調和しすぎて2つの音とは見なされません。
さて、平均律ではこのオクターブを12等分してしまい、その1個分を半音とします。
ここで注意して欲しいのは、音の世界では等間隔に聞こえる音程は、周波数の「差」が一定なのではなく、「比率」が一定であるということです。つまり12等分とは、12回かけたら2になるような比率です。という事は半音=
(又は
)です。
明らかなのは、どの音程もこの半音の整数個分ですから、度数が同じなら全く同じ音程と言う事です。その結果、どんな調で演奏しても音同士の相対関係は全く同じ。完全な平行移動が出来るという訳です。
反面、オクターブ以外はどの音程も簡単な整数比にはならないので、和音が若干にごる事になります。具体的には後述の表を見てください。
平均律が一般的になる(19世紀?)以前は、ある音程が完全に協和するようにチューニングした音律が用いられました(「純正」とは「音程が簡単な周波数比である」と言う意味)。どの音程を「純正」にするかによって、様々な音律が存在しましたが、ここではその代表的な音律を紹介します。正式には「ツァルリーノ音階」と言いますが、一般的に純正律というとこの音律をさすようなので、単に純正律と呼ぶ事にします。
まずオクターブの関係C-C'は、平均律と同じ1:2です。
次に、Cから2:3で上がった音がGとします。逆にC’から2:3で下がった音をFとします。(いわゆる完全5度)
そこでFとGの比率を計算してみると、8:9になります。案外すっきりした比率なので、とりあえずこれを2度(全音)の関係としておきます。また、C-F間を計算すると3:4、同様にG-C'間も3:4、これを4度とします。
次は、C-E間を4:5とします。長3度の完成です。さらに、C-Dは出来た全音8:9とします。じゃあ結果的に隣のD-Eはどうなったか計算すると、9:10です。うーむ、同じ全音なのにC-Dの8:9とは微妙に違います。そうです、純正律では8:9の大全音と9:10の小全音が存在するのです。
また、E-F間(つまり半音)を計算してみると15:16となります。でも、この半音は2個足し合わせても(2乗しても)は大全音にも小全音にもなりません。つまり、純正律における半音は全音の半分という意味ではなく、「半端な音程」くらいの意味でしょうか。その結果、平均律ではC♯とD♭は同じ音ですが、純正律では違う音になります。
さて、残るはAとB。そこで、Gから小全音上がった音をA。Aから大全音あがった音をBとします。ようやく完成しました!ちなみに、B-C'を計算すると15:16で先ほどの半音と同じです。めでたしめでたし。
ごらんのように、純正律は見事に整数比の関係で成り立つ音階ですので、当然綺麗にハモリます。ところが、そうでない音程も存在するのです。
さっきC-GやF-C'は完全5度で2:3と書きましたが、同じく完全5度のD-Aを見てください。周波数比を計算すると27:40と言うとても複雑な数比になりました。なぜこうなるかというと、C-G間をC-D-E-F-Gにばらして考えると、大全音+小全音+半音+大全音で構成されています。しかし、D-A間は小全音+半音+大全音+小全音なので、大全音が一個少ない代わりに、小全音がそれに置き換わっているのです。
このD-A間の「少し小さめの5度」は聴いてはっきり判るほど濁ります。平均律の5度のような微妙な濁りではありません。つまり、純正律と言っても、基準の音(ここではC)と別の音との関係が純正なんであって、組み合わせによっては非常に濁った音程が出来てしまうと言う事です。
別の言い方をすると、純正律では転調するとおかしくなるのです。音が等間隔に並んでいないのだから、スタート地点が違えば(調が違えば)当然音の並びも違ってしまいます。クラシック音楽では「調によって曲の表情が微妙に違う」といわれるのはこのためです。それどころか、中には微妙な違いじゃすまないほど酷い響きの調もあると言う事です。
また、純正律で鍵盤楽器を作ろうとすると、どうなるか考えてみてください。前述のようにC♯とD♭は違う音なので、CとBの間に二つ鍵盤が要ります。そんな黒鍵が二つに分かれたような鍵盤楽器を実際に作ってしまった人がいましたが、あくまでも珍品の類であり、これを弾きこなせる人はまず居ないでしょう。
それでは実際の周波数を分数じゃなくて数値で比較してみましょう。
▲周波数比較(C=1とする) |
左の表をグラフ化。本来、ミ-ファ間とシ−ド間は半音なので横軸を半分の幅にすべき。そうすれば、平均律の点は1直線に並ぶ。 |
両者を比較すると、C-E間の長3度がかなり違います。平均律に慣れてしまうとあまり気になりませんが、純正の長3度を聞くと「おお、美しい」となります。
ただ4度(C-F)や5度(C-G)では両者殆ど変りませんし(グラフでは重なってしまっています)実際に音を聞いても微妙と言えば微妙。つまり、平均律の和音が濁ると言っても、おおよそ許容範囲といえるでしょう。少なくとも純正律のソ-ラのように不快ではありません。
また、音階で聴くと純正律のAが異様に低いと感じるでしょう。まあ、平均律に慣れているからだと言えばそれまでですが、メロディックと言う観点からは、何処も等間隔の平均律の方が美しいのかもしれません。
現在は平均律が使われていると書きましたが、純正律の楽器もあります。
まず、バイオリンのようにフレットがない弦楽器は演奏者が自由に音の高さを変えられます(弦と弦の関係は固定されますが)ので、どっちの音律もOKなんですが、純正律で演奏するようです。バイオリニストはピアノの音程に違和感を覚えるようですし、優れたバイオリニストはC♯とB♭の違いをきちんと弾き分けられると言います。もっとも、聴衆がそれを聞き分けられるかどうかは別問題ですが。
他に、金管楽器はその構造上、否応無しに純正律です。金管楽器ではピストンを何も押さない状態で、ド-ソ-ド-ソ‐ド・・・を唇の緊張度で弾き分けます。これは楽器の固有振動数の整数倍の音が出ている訳ですから、まさしく「純正」の5度です。
純正律という事は、そのままでは転調は出来ません。大抵の金管楽器はB♭調ですが、それ以外の調の曲を演奏する時はどうするのでしょう?実は管の一部を延び縮み出来る(トロンボーンのような)スライドによって、音高を微妙に調整ながら演奏しているのです。もっとも、僕の中学時代のブラスバンドでは誰一人そんなことは気にしてませんでしたが。
あと、鍵盤楽器でも平均律が確立する前はどうだったかというと、例えばバッハが演奏していたチェンバロなんかは、純正な音程を一部残しつつも、転調が大体出来るように平均律の考え方も取り入れた調律をしていたようです。ちなみに「平均律クラーヴィア曲集」は原語を正確に訳すと「良く調律されたクラーヴィア・・・」らしいです。(無茶な翻訳だ)
後に生まれたモーツアルトはもっと純正律に近い調律を好んだようです。彼は複雑なコードを殆ど使わないので、それでも事足りたのでしょう。
これまで「2つの音の周波数比が単純であるほど良く調和する=美しい」という前提で書いてきましたが、実はそのような単純な話では無いのです。
数学的には整数比の音程からほんの僅かでもずれると(僅かであればあるほど)、たちまち超複雑な比率になります。しかし、考えて見てください。人間が調律したり演奏する音同士が完璧に整数比なんてありえないですよね。すると、生演奏は常に音が強烈に濁ったり唸ったりする筈ですが、実際にはそんなことは起きません。
これはどういうことか?幾つか理由が考えられますが、まず通常楽器の音は(シンセでサインカーブでも発振いない限り)色々な周波数成分が含まれているので、それらの音成分同士が協和して全体的に馴染んでしまうと言うのが一点。
さらに、ピアノや管楽器・弦楽器のアタック音はすぐ減衰し、その過程で周波数成分も急激に変化するので、濁りが目立たない。逆に長く伸ばす音は大抵ビブラートをかける(周波数を常に変化させる)ので、やはりごまかせると言う訳です。
逆に、シンセなどで一定のサインカーブを作ってコードを演奏させると、音のずれに対する許容度は相当シビアになるはずです。