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ギターのネックにかかる荷重2024-08-02

実は今、ナイロン弦ギターを製作中なのですが、ネックにトラスロッドを入れるべきか否か悩んでいます。伝統的にクラシックギターにはトラスロッドを入れませんが、実はネックが薄目の楽器にはトラスロッドが入っています。と言う事は、本当は強度的に有った方が良いという事です。しかし、ロッドを入れるのはコストも技術も必要。何よりネックがやたら重くなり、楽器全体のバランスを崩してしまうのが問題です。

そこでまず、ネックにかかる曲げ荷重がどの程度になるのか計算してみる事にしました。しかし「ギターネックにかかる力」とかでググっても「弾かない時は弦を緩めるべきか?」論争やトラスロッドの使い方や仕組みの話しか出てきません。そのなかで唯一、荷重の程度を理論的に計算した情報が、こちらのYouTube画像でした。

僕の方でもこの考え方に沿って再検証した結果、幾つか見落としがあったので修正しました。更に工学の基礎理論を交えて解説していきたいと思います。

曲げモーメントとは?

先ず、上の動画にも登場する「曲げモーメント」を説明します。「モーメント」は高校の物理で習ったと思いますが、回したり捩じったりする力の事で、トルクとも言います(例:エンジンのトルク、ボルトの締め付けトルクなど)。

理屈としては、てこの原理で、てこ(レバー)が長いほど、そして荷重が大きいほど回転軸には大きな回転力が働くというやつです。従ってモーメントの大きさは【力×距離】で表されます。そして「曲げモーメント」とは、モノを曲げる力をモーメントで表現しただけです。

図1:曲げモーメント

ここで図1のように、 梁の左端を固定し右端(自由端)に集中荷重Fを加えたとします(こういうのを「片持ち梁」と言います)。すると梁は薄紫のように下方向に曲げる力がかかりますが、これが曲げモーメントです。この時、棒の長さがLだとすると、固定端(梁の付け根)にかかる曲げモーメントMは

$ M = FL $

となります。尚、モーメントは慣習上、反時計回り=梁が下に撓む方向(ギターネックで言うと順反り方向)をプラスと表示するので、この場合は逆なのでマイナスとなります。

図2:片持ち梁に集中荷重を与えた時のBMD

因みに、梁上の固定端以外の点では、その点と力点L(自由端)迄の距離に荷重Fを掛けた値が曲げモーメントになります。つまり曲げモーメントは固定端で最大で、そこから先端(右)に行くほど小さくなり、力点Lでゼロになります(図2)。

モーメント荷重

さて、ここまでは梁に垂直の力を掛けた場合の話ですが、次は梁に平行な力を掛けた場合のモーメントを考えていきます。と言っても、梁上のどこかで梁と平行な力を加えても、梁は圧縮力を受けるだけで曲げモーメントはかかりません。

図3:梁に平行な力がかかった時の曲げモーメント

そこで上の図3のように、梁に垂直な部材(緑の部分)をくっつけて完全に一体化し、その先端に荷重Fを与えます。すると緑と紫からなるL字型の部材全体に曲げモーメントがかかる事が判るでしょう(これをモーメント荷重という)。その大きさは、梁の厚みの中心線から、力点までの高さを$h$とすると、$Fh$となります。

このモーメント荷重は梁のどの位置でも同じだけ掛かっているいるので、グラフにすると次の図4ようになります。

片持ち梁にかかるモーメント荷重のグラフ
図4:片持ち梁にモーメント荷重をかけた時のBMD

ギターのネックにかかる力

前置きというか予備知識が長くなりましたが、ギターのネックにかかる荷重を考えていきます。

下の図5はギターネックを横から見た図で、向かって左側の先にボディーがあり、右側がヘッドです。先ず弦のテンションを$T$とし、弦は点$C_1$でナットと接しているとします(実際には面接触ですが、ここでは話を簡単にする為に点接触とします)。そこから弦は角度θ下向きになり、$C_2$でペグに繋がっています。

尚、ここではナイロン弦ギターの横向きのペグになっていますが、鉄弦アコギやエレキギターの縦向きペグでも同じ考え方が出来ます。

図5:ギターネックにかかる荷重

中立面とは

ここでまた脱線というか基礎講座ですが、図5でネックと平行に走っている一点鎖線は「中立面」と言うものです。

梁に曲げモーメントがかかると、湾曲の内側の部分では圧縮方向の力がかかり、逆に外側では引っ張る力が働きます。と言う事は、梁の内部の何処かに引張力も圧縮力も掛からない(伸びも縮みもしない)面がある筈です。これが「中立面」と呼ばれる概念です。

中立面とは(日本機械学会誌)
図5:中立面の概念(出典:日本機械学会誌)

詳細は日本機械学会誌のWebページをご覧いただくとして、部材の曲げを考える時にはこの中立面で考えます。尚、中立面が何処にあるかは梁の断面形状によります。これについては後程解説します。

再びネックの話

ここでようやく本題に戻ります(再び図5を貼っときます)。中立面から$C_1$(弦)までの垂直距離を$h_1$とし、中立面から$C_2$(ペグ)までの垂直距離を$h_2$とします。ここから中立面上の任意の点$P$にかかるモーメントを計算していきます。

図5:ギターネックにかかる荷重

垂直荷重による曲げモーメント

先ずネックに垂直な力を考えます。先ずC1上で弦は張力Tで角度θ斜め下に引っ張っているので、この力を水平方向と垂直方向に分解します。すると垂直方向の力は下向きに$Tsinθ$となります(下向きの青い矢印)。ここで、点$P$と$C_1$の水平方向の距離をxとし、点Pにかかる曲げモーメントを$M_1$とすると;

$M_1=-xTsinθ$(逆反り方向なのでマイナス)

となります。これを少し直観的な表現をすると、テンションが掛かった弦は真っ直ぐになろうとするので、折れ曲がった点$C1$でナットを下に押し下げていると言えます。結果、ネックには逆反り方法の力が働くというわけです。

「えっ、じゃあネックの順反りは大分キャンセルされるのか?」とぬか喜びしそうですが(僕はしました)、残念ながらそうなりません。$C_2$(ペグ)を見てください、ここでは逆に上向き(順反り方向)の力がかかっていますよね。

その力の大きさは先ほどと同じで$Tsinθ$ですが、曲げモーメントは$C_2$がPからより離れている分だけ大きくなってしまいます。具体的には$C_1$から$C_2$までの水平方向の距離を$x_0$とすると、$P$から$C_2$間の距離は$x+x_0$となります。従って$P$にかかる曲げモーメントを$M_2$とすると;

$M_2=(x+x_0)Tsinθ$ (反時計回りなのでプラス)

となります。これに先ほどの$M_1$も含めると、垂直荷重による曲げモーメントの合計$M$は;

$M=M_1+M_2$
$=-xTsinθ+(x+x_0)Tsinθ=x_0Tsinθ$

となります。何と、$x$($P$から$C_1$迄の水平方向の距離)が消えてしまいました。これは、曲げモーメントはネックのどの位置でも同じで、$x_0$(ナットからペグまでの水平距離)だけに依存するという事です。これは冒頭の片持ち梁で言うと、図1の垂直集中荷重ではなく、図3のモーメント荷重と同じモデルですね。

水平荷重による曲げモーメント

さて次は、ネックと平行な荷重を考えていきます。

先ず$C_1$(ナット)には有効弦の張力Tが、ネックと平行に左方向にかかっています。逆に$C_1$から先では、張力$T$が角度$θ$斜め右下にかかっている訳ですから、水平方向の荷重は$Tcosθ$(右向き)となります。

従って、$C_1$上では水平方向の荷重は;

$T-Tcosθ=T(1-cosθ)$

となります。$cosθ$は1以下なので$(cosθ-1)$はプラス、つまり差し引き左方向の荷重です。するとネックにかかる曲げモーメント$N_1$は順反り方向でプラスの値で、以下のようになります。

$N_1=h_1T(1-cosθ)$(順反り方向)

さて一方、$C_2$(ペグ)上では、左向きに$Tcosθ$の力が掛かっています。右向きの力はここが弦の右端なのでありません。よって、ネック中立面から下にある$C_2$までの距離を$h_2$とすると(※2)、曲げモーメント$N_2$は逆反り方向(マイナス)で;

$N_2=-h_2Tcosθ$

となります。すると水平荷重による曲げモーメントの総和$N$は;

$N=N_1+N_2=h_1T(1-cosθ)-h_2Tcosθ$
$=T{h_1-(h_1+h_2)cosθ}$

となります。ここで$(h1+h2)$はナットとペグの垂直距離なので、これを$H$とすると:

$N=T(h_1-Hcosθ)$

となります。ここで愈々、上述の垂直荷重による曲げモーメント$M$を足し合わせ、曲げモーメントの総和$Mt$を求めると;

$Mt=M+N=x_0Tsinθ+T(h_1-Hcosθ)$
$=T{x0sinθ+h_1-Hcosθ}$

となりました。ここでこの式をもう少し簡略化する為にネックの図5を振り返ると、H=x0tanθですよね。これを上の式に代入すると。

$Mt=T(x0sinθ+h_1-x0tanθ*cosθ)$

となります。更に、三角関数の定義から$tanθ=sinθ/cosθ$なので、これを代入すると、上の式は次のようになります。

$Mt=T{x0sinθ-x0(sinθ/cosθ)*cosθ+h_1}$

$=T(x0sinθ-x0sinθ+h_1)=Th_1$

ええええ!何と$θ$も$x_0$も$H$も全部消えちゃいました。これはつまり、ネックにかかる総曲げモーメントは$T$(弦のテンション)と$h_1$(中立面からナットと弦の接点までの垂直距離)だけで決まると言う事です。しかも$Th_1$という曲げモーメントは図3のケースそのもので、ただ水平荷重$F$が張力$T$に、力点の高さhが$h_1$に替わっただけです。

計算ミスや考え違いが無いか何度も確認しましたが、結論は同じでした。ならばこの結論をどのように捉えれば良いのでしょうか? 例えば、ヘッド部分には様々な荷重がかかっているがそれ自体でつり合いが取れており、ネック部分(ナットからボディー側)には何ら影響を与えないとか。

そう言えば、エレキギターにロック式ナットというのがあります。あれはボルトで弦をナットに固定してしまうので、ヘッド部分の寸法や構造に関係なく、ネックにかかるのは上のモーメント荷重$Th_1$しかない筈です。そして、このロック式ナットが通常のナットと比べて、ネックの反りに対して有利とか不利と言う話は聞いた事がありません。と言う事は、通常のナットも、ネックにかかる荷重は$Th_1$でOKなのかも知れません。

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