パワーとトルクの違い2010-07-30
クルマ/バイク界隈でよくある誤解は「パワー(馬力)とトルクの違い」について。判ってない大人が多く、雑誌やネットではいいけげんな話が多いので、健全な青少年の為にレクチャーしようと思う。
まずは、軽くクイズからスタート。次のうち、「パワーとトルクの違い」について正しい記述はどれでしょう?(複数回答可)
- トルクは重いものを動かす力。パワーは速く動かす力。
- トルクは加速に関係し、パワーは最高速に関係する。
- 低速ではトルクが重要で、高速ではパワーが重要。
- トルク=力 馬力(出力)=仕事量
- ハイパワーなエンジンはトルクが細い
どれもありがちな解説だけど、判ったかな?
答えは・・・全て間違い!加速度や最高速などを決めるのはパワーであり、トルクそのものではない。低速であろうが高速であろうが、車体が重かろうが軽かろうが同じ。元も子もない言い方かも知れないが、そういうふうに単位を決めただけのことだ。
「出だしはトルクが有る車の方が速いでしょ」と思うかも知れないが、その場合も低回転でパワーがあるから速いのだ。パワーはトルク*回転数*係数なので、回転数が低い時はトルクが大きくないとパワーも出ないだけ。僕もよく「低速トルクがあるから出だしが良い」とか書くけど、正しくは「低速パワー」だ(^^;
しかも、もし好きなだけギア比を低く出来るなら、出だしでも低速回転を使う必要はないから、幾ら高回転型でもピークパワーが上(正確にはパワーウウェイトレシオが上)のマシンの方が加速度は大きい。
ニュートン力学
いきなり具体例に行ってしまったが、話を戻そう。「パワーとトルクの違いはなんですか?」と聞かれた場合の正しい答えは次の通り。
トルクは回す力(モーメント)で、パワーは仕事率
「何それ?意味ワカンネ」という人は、中学(高校?)の物理をやり直すべし(`・∀・´) みんな習ってるのに忘れてる。というかテスト用に暗記するだけで、直感的に理解できてないから忘れる。そこに瑣末なクルマの知識が絡んでくると増々混乱する。
という訳で、一から説明しよう。まず、トルク(=モーメント)は回転運動における力だが、いきなりこれを扱うとややこしいので、まずは直線運動における力で考える。
力とは何か?
日本語の「力」を英訳すると通常「Power」になってしまうが、ここでいう力とは「Force」の方だ。と言っても黒いマスクの人が使うダークなフォースのように、相手に触れずに投げ飛ばしたり首を絞めたいしない。
物理学でのフォースは、机の上に置かれた本が重力によって机を真下に押すような力だ。意外に思うかも知れないが、力をかけているだけで物体が動かなければ何も仕事をしない。逆に言うと全くエネルギーを必要としない。
じゃあその力とは何なのさ?という話だが、ニュートンは次のように力を定義した。
【力とは(質量のある)モノを加速させるポテンシャル(※1)である。】
F=ma (力=質量*加速度) …(1)
FのSI単位は N(ニュートン)
つまり1Nとは1kgの質量のものを1m/s^2の加速度で加速させる力(ポテンシャル)というわけ。ものを動かすんじゃなくて、加速させるってところがミソ。何故なら慣性の法則というのがあって、既に等速直線運動している物体は外から何もしなくてもその運動を続けるから。勿論これは、空気抵抗も路面との摩擦も何もない宇宙空間みたいな環境での話。地球上でこれに近いのは、カーリングのストーンとアイスリンクだろう(※2)。
ちなみに、1Nがどの程度の力かイメージするために、モノの重さで考えてみる。地球上(正確には海抜0m)ではどんなに重いものにも軽いものにも、9.8m/s^2という重力加速度が働く。ということは、1kgのモノ(例えば1Lの水)を保持する為に必要な力は9.8Nとなる(昔の単位では1kg.f)。
仕事とは何か?
では次に仕事について説明する。と言っても、ビジネス論とかじゃないよ。結論から書くと、物理学の仕事とは力を加えた方向にモノを動かす事なのだ(※3)。数式で書くと;
W=Fs (仕事=力*距離) …(2)
SI単位は N・m または J(ジュール)
先ほどのカーリングの例だと、止まってるストーンに力を加え続けて移動させれば仕事をしたことになる。言い換えれば、ストーンを加速させ結果として運動エネルギーが与えられたということ。つまり、仕事とエネルギーは等価なのだ。
よく有るたとえ話として、「重いカバンを腕にぶら下げてその場でキープしても仕事はゼロ」というのがある。いくらしんどくても腕がつっても関係ない。何も成果(運動エネルギーや位置エネルギーの増加)が無ければ、物理学上の仕事はゼロだ。
余談だがこの場合、筋肉を緊張させているので化学的(生物学的)にはエネルギーを消費しているが、物理学というか力学上の仕事を考える場合は対象物がどう変化したかだけで考える。そう、力学上の仕事は徹底的に成果主義なのだ。上述の力(フォース)はポテンシャル或いは要因であって、仕事(成果)とは別の指標というわけ。
仕事率とは?
ここでようやくパワー(馬力)のお話。物理学では「仕事率」といい文字通り単位時間当たりの仕事、つまり仕事の速さだ。
数式ではP=W/t (仕事率=仕事/時間) …(3)
SI単位は W(ワット)
よく、パワーの事を「仕事の量」だという人がいるが、それだと「仕事」と同じなので間違い。
仕事率(パワー)と力の関係
さてここで、これまでの式(1)~(3)を振り返ってみる。直近の仕事率Pは;
P=W/t (3)
だが、仕事Wの定義は;
W=Fs (2)
だったので、式(2)を(3)に代入すると;
P=Fs/t
となる。ここで「s/t」というのは距離/時間だから速度(V)である。そこで上の式をVで表すと。
P=FV …(4)
となる。なんと力に速度を掛けると仕事率(パワー)になってしまうのだ。
トルクとは?
ここで冒頭に戻り、トルクとは回す力だと書いたが、これはどういうことか説明しよう。
例えば、絞めつけられたボルトを緩めるとき、長いレンチを使うほうが楽だよね。所謂テコの原理で、締め付けトルクが同じなら、スパナの長さ(つまり回転半径)が2倍になると、加える力は半分で済む。この事から:
トルク=[回転半径]*[加える力] T=r*F …(5)
と定義した。SI単位はN・mで、1mのレバーで1N(ニュートン)の力を加えた時の回転力という意味だ。勿論、2mのレバーで0.5Nの力をかけても1N・mだ。
ただ、ココでちょっと思い出して欲しい、力(N) *距離(m)といえば・・・そう、仕事の単位と同じなのだ。じゃあトルク=仕事?・・・ってそんな事はない。仕事の場合の距離は直線運動で、トルクの場合は回転半径だから別物。しかし、単位の表記は同じN・mなので注意して欲しい。
さて回転運動系における仕事率はどうなるだろうか?実は直線運動系のP=FV(4)と考え方は同じ。即ち、トルクをT、角速度をω(単位はrad/s)とすると仕事率Pは;
P=Tω
で表される。これがこの記事のテーマ、パワーとトルクの違い(というか関係)である。ウィキペディアのトルクの解説を見ると、直線運動と回転運動の対比が書いてあるが、どちらも似たような法則が成り立つことが判る。
車界隈の知識として「トルクに回転数を掛けるとパワーになる」という話を聞いたことがあると思うが、ここから来ているのだ。ただし、車界隈の回転数(角速度)の単位は通常rpm(回転/分)なので、そのまま代入すると計算が合わない。この式が成立するための角速度ωの単位はrad/s(ラジアン/秒)だ。
因みに、速度と力は電流と電圧に似ている。どちらの組み合わせも、掛けるとパワー(仕事率)になる。速度が電流(電子の速度)に似てるのは、これらが高いと発熱など問題が起きるから。一方、トルクが電圧に似てるのは、それががかかってるだけではエネルギーも消費しないし仕事もしないから。
注釈
(※1) 「ポテンシャル」という表現は実は僕の創作。通常は単に「力」と書いてある事が多いが、「力とは・・・・する力である」という表現は堂々巡りだし、上述のように力自体は成果を産まないという意味で敢えて「ポテンシャル」とした。
(※2) 車輪付きの台車とかボーリングの玉とかにしなかったのは、転がすためのエネルギーが別途必要になるから。あくまでも、平行移動している(滑っている)という点が重要。本当は、宇宙空間にボールが浮いている状態を考えるのが理想だが、それだともっとイメージが湧きづらい(やったことがない)と思ったのでやめた。
(※3) 移動と言っても、元々運動してるものは、放っておいても動き続ける。だから正確には、運動の状態を変化させる、という。止まってるものを動かしたら、それは運動の状態を変化させたことになる。動いてる方向を変えても同様。
最高速について
上項の理論は、摩擦や抵抗が無い世界の話であり、実際のクルマは走行抵抗(路面とタイヤの摩擦など)や空気抵抗と闘いながら走っている。陸上の乗り物は、この空気抵抗と走行抵抗に先ず駆動力を食われ、残った駆動力で車体を加速しているのである。
走行抵抗は速度を問わずほぼ一定だが、空気抵抗は速度の2乗に比例する。詳しく言うと、空気抵抗Dは次の式で表される。
ρ:空気密度 V:速度 S:投影面積 Cd:空気抵抗係数
空気抵抗の単位はN(ニュートン)なので、仕事率としてはこれに速度Vをかければ良い。つまり、速度の3乗のパワーで車体を押し返してくる訳だから、如何に高速が燃費に悪いか判る。結局、空気抵抗と走行抵抗のパワーを足したものが、エンジンのパワーと釣り合う速度に達するとそれ以上加速しなくなる。これが最高速なのだ。
逆に言うと、もし地上に空気が無く、どこまでも水平で真っ直ぐな道と、ギア比を幾らでもロングに出来るトランスミッションがもしあれば、どんなに非力なEV(エンジンは空気がないと動かないので)でも、バッテリーがきれるまで加速していける。
まとめ
という訳で、加速だろうが最高速だろうが、低速であろうが高速であろうが、乗り物の動力性能に寄与するのは全てパワー(馬力)なのだ。なのに態々トルクなんて概念を持ちだして、話をややこしくしたのは何故だろう? それは多分、自動車評論家らが低回転でパワーの出るエンジンの事を「トルク型」と評したからではないだろうか?
僕が知る範囲では、小学生の頃に読んだ「間違いだらけの車選び」(恐らく1970年代終盤のもの)に、「アメ車らしくトルク型のエンジン」みたいなことが書いてあった。当時の僕は「馬力とトルクはどうも違うものらしい」という事以外判らなかったが、書いてる徳大寺氏も上述のような物理(力学)を理解してたかどうが怪しい^^; 勿論、大半の大人の読者も同様だろうから、何となく「トルク=加速に有利」みたいな都市伝説を産んだんじゃないだろうか。
因みに、エンジン性能をダイナモで測定するとき、検出しているのはトルクだけ。パワーはトルクにその時々の回転数を掛けて(正確には単位を補正するための係数も掛けて)出してる。よって、トルクとパワーのカーブが同じグラフに併記されるのは自然だが、パワーカーブだけでもエンジン特性はよく判る。なので、生煮えの理解でトルクの概念を持ち出すくらいなら、パワーだけで考えたほうが判りやすい。僕も「低速トルクがある」なんて言葉をつい使ってしまうが、「低回転パワー」とか「高回転パワー」といえば必要十分であり、それで違和感なく理解できるような世の中にならんかなあと^^;