ピアノの歴史12013-03-31
私がピアノの歴史なんてシリーズを書こうと思ったのは、アンティーク趣味だからでも歴史オタクだからでもありません。実は現在のピアノについて「音もサイズも大きすぎる」という不満を持っていて、それが発端になっています。もっと小さかった初期のピアノはどういう構造だったのか?そしてそれが、どういう経緯で巨大化していったのか?という興味からです。
さて、ピアノは1700年頃に誕生した比較的新しい楽器で、それより何百年も前からチェンバロなどの鍵盤楽器が作られ普及していました。これらはピアノと言う楽器を理解する上で重要だと思うので、まずはこれらのピアノ以前の鍵盤楽器について紹介したいと思います。
チェンバロ
アクション
ピアノが弦をハンマーで叩くのに対して、チェンバロはギターのピックのような爪で弦を弾いて音を出します。メカニズムはピアノに比べるととてもシンプルです。(ウィキペディア)
キー(鍵)を押すと、テコの反対側が爪(スペクトラム)の付いた棒(ジャック)を押し上げて弦を弾きます。キーを離すと重力でジャックは降りてきますが、ワンウェイクラッチのような仕組みによって爪が弦には当たらず、2度弾きを防止しています。
また、ジャックの上部にはフエルトの突起(図の青い部分)が付いていて、キーを離すと降りてきて弦に触れます。つまり、ジャックはダンパーの役割も兼ねています。
しかし、ピアノが「弱い音も強い音も出るチェンバロ」をキャッチフレーズに登場した言うことは、逆にチェンバロは音の強弱を付けられないという事です。理由は上述のアクション構造とギターの演奏を比較すれば推論できるでしょう。
ギターで大きい音を出すときは無意識にピックを強く持ったり弦を深めに引っ掛けたりして、弦を大きくたわませてから離しているはずです(小さな音の場合は逆)。しかしチェンバロの場合、爪と弦の位置関係や爪を支持する力は常に同じです。
よって、いくら小さい音を出そうと鍵盤を弱く押しても、爪が撓んで弦の上に出られる力に達しなければ音は出ません。一方、大きな音を出そうとキーをいくら強く(速く)押したところで爪の弾力が衝撃を吸収し、一定のところまでしなって弦を離すだけです。つまり、どれだけ弦を撓ませて離すか=どれだけの音量が出せるかは、爪の硬さや弦との位置関係によって決定されてしまいます。
音色切り替えメカ
このように、チェンバロは個々の音をキータッチでコントロールすることは出来ませんが、ジャックを複数配置し弦を弾く位置を変えることで音色を切り変える機構を備えています(弦の端で弾くほど倍音が多くなる)。
上のビデオの初めに出てくるシングルキーボードの方は、一つの音に対し2つのジャックが縦に並び、その両側にオクターブ違いの2本の弦が張ってあります。キーを押すとジャックは両方持ち上がりますが、片方は空振りしているので弾いている弦は1本だけです。
そこで切り替えレバーを動かすと、空振りしていた方のジャックが少しずれ、弦を弾くようになります。これで2本の弦が弾かれ、音がリッチになりました。しかも、2つのジャックが弦を弾くタイミングを微妙にずらしてるのが面白いですね。恐らく、全く同時に弾くよりコーラス的な効果でより音が広がるのではないでしょうか?
後半のダブルキーボードの方は中は見れませんが、ウィキペディアによれば一つの音に対し2本の弦と3つのジャックが配置されています。上段の鍵盤は1つジャックで一方の弦を弾き、下段は前後2つのジャックが両方の弦を弾くようになっています。つまり上述のシングルキーボードタイプの2種類の音色が、上下段の鍵盤にアサインされているわけです。
更に上段の鍵盤を押しこむと下の鍵盤と連結され、下を弾くと合計3つのジャックを駆動する事になります。つまり2本の弦が鳴るという意味では同じですが、一方の弦は2本のジャックで弾かれる事で、よりリッチな音になるのでしょう。ただビデオにある楽器は更に、右上のスイッチで音を変えていますが、何をやっているのかよくわかりません(;’∀’)
このように、チェンバロは古い楽器にしてはなかなか凝ったメカですが、音色切り替えは全ての音に対して一律に適用されるものであり、押すキー毎に音色や音量を変える事は出来ません。
タッチについては、構造通りというかクリック感の塊でした(;’∀’) 全ての音をしっかり弾かないと音が出ないので、想像以上に弾きにくかったです(詳しくは試奏レポートを)。
ただチェンバロの音そのものは結構好きです。ブリリアントでありながら繊細、そして素朴な感じもあります。音が大きすぎず音質が重厚過ぎない事は、バイオリン族との相性という点では現在のピアノより優れていると思います。
クラビコード
なかなかピアノに到達しなくて恐縮ですが、クラビコードという楽器も紹介します。クラビコードは14世紀に発明されたとありますから、チェンバロに勝るとも劣らないほど歴史が古い鍵盤楽器です。
チェンバロが弦を弾くのに対して、クラビコードは弦を叩いて音を出します。そう言うと、ピアノに近い楽器に聞こえますが、メカニズムはかなり違っています。
アクションとしてはキーの先端にタンジェントと呼ばれる金属片が付いていて、これが直接弦を叩くという究極的に単純な構造です。と言うことは、キーを押し続けるとタンジェントは弦に触れ続けますが、薄いタンジェントがギターのフレットのような役割をするので音は止まりません。ギターのハンマリングやライトハンド奏法みたいなものです。つまりクラビコードでは、タンジェントからサドルまでが弦長で、弦の反対側の端はフェルトでミュートされています(写真右端の赤い帯)。
また、タンジェントがギターのフレットに相当するのですから、複数のキーで一本の弦の違う場所を叩くように配置すれは、複数の音程を出すことが出来ます。ただ、弦を共有する音同士は同時に出すことができないので、普通は同時に出さない組み合わせ、例えば最強の不協和音程とされる短9度(オクターブ+半音)の音程で弦を共有したりします。
これで弦の総数を節約し、張力によるストレスを低減したり楽器のサイズをコンパクトにできます。ただ、弦を共有するタンジェントの配置は出す音の周波数に比例しなければならないので、等間隔で並ぶ鍵盤からレバーが斜めに伸びるというややこしい形になってしまいます。それを嫌ったのか、全てのキー(音)に一本の弦を割り当てるタイプもあります(写真)。
何れにせよ、クラビコードはチェンバロと違って音の強弱を付けられるのがミソです。押したキーを更に押しこめばタンジェントが持ち上がって音が高くなるので、揺らしてビブラードをかけることが出来ます。
こうした表現の幅の広さから、大バッハも彼の息子も「音楽的な表現をしたいなら、チェンバロよりもクラビコードだ」みたいな事を言っています。
では実際はどうでしょうか? チェンバロの音に似てなくもないですが、華やかさはなくシャカシャカした弱々しい音に聞こえます。サステインも短く、そのせいかダンパーは付いていません。ギターで言えば、ハンマリングだけで演奏しているようなものですから当然かも知れませんが。
実際弾いてみましたがホントに小さい音しか出ません。ざわついた環境だと殆ど聴こえないくらいの音量です。しかも、キーのタッチはクリック感はゼロで、質量感やストローク感も殆どありません(;’∀’) 触れただけで音が出てしまうのに、それ以上大きな音は中々出せないという難儀な楽器です。これも詳しくは試奏レポートをご覧ください。
まあ音の小ささについては、今はアンプやスピーカーというものがあるので、必要ならそれで増幅すれば良いだけです。そこでというか、クラビコードにピックアップを付けてエレキ化したのがクラビネットです。スティービー・ワンダーの「迷信」で有名ですね。音質はやはりカリカリしたタイト音で、ファンキーな曲の伴奏には合っていますが、ソロで魅了するタイプの楽器ではないような気がします。
ただ、上述のように構造がとてもシンプルなのはとても魅力的です。自分で組み立てるキットも売っているようですが、ヨーロッパ製で20万円以上するので、それなら自分で作ってみようかという衝動に駆られます。下のビデオはドイツ語なので言ってる事は判りませんが、クラビコード工作教室みたいです。うーん、益々作りたくなって来ました。
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