ネットに規制をかけたがる「大人の事情」2008-04-16
「青少年ネット規制法案」(俗称)が自民・民主両党で検討されています。
ある程度ネットに対してリテラシーのある人なら、この種の規制には胡散臭いものを感じると思いますが、実際に問題大有りです。 とりあえずポイントをざっくりまとめると:
- 有害か無害かを一部の人間が判断して、それに国全体が従うのは論外
- 有害情報を隠すのではなく、何がどう有害かの教育の方が大事
- フィルタリング技術は未熟であり、有害情報に効果が無い割に有用な情報をブロックしてしまう。
- 企業にとっても個人にとっても、リスクとコストを考えると、ほぼ全てのコミュニティーサイトはフィルタリング対象になる。
こんな感じでしょうか? 具体的な事例としては、下の記事に良く表現されていると思います。
例えば個人サイトのコメント欄に、有害情報が書き込まれたとする。それを知ったら、会員制にしなければならないのだ。もしくはトップページを作り替えて、 「あなたは18歳以上ですか」「はい」「いいえ」といった選択肢を設けるとか、フィルタリングソフトを作っている会社に電話とかFAXとかで、「すいませ ん、僕のサイトこのたび18禁になりましたので、フィルタのブラックリストにうちのURLを載せていただくわけにはまいりませんでしょうか」と連絡しなけ ればならないわけである。
本当に笑っちゃいますよね。こうしたことをマジメにやっていると、多分結果は次の通りでしょう。
- 真っ当なコミュニティーサイトは、費用対効果を考えて自ら「18禁」になるか、或いはイメージダウンを恐れて、毒にも薬にもならない「優良」サイトにくら替えする。
- 日本のネットビジネス全体が萎縮効果によって縮小し、国際競争力が益々弱くなる。
- 人畜無害な「優良」サイトだけ見て18歳まで育った「健全な」青少年は、その後、免疫の無いまま「有害情報」さらされて被害者になるか、一転して加害者になる。あるいは、ネット自体を拒絶してデジタルディバイトになる。
- 親の目を盗んで「違法」サイトを見て18歳まで育った(おそらく大半の)「不健全な」青少年は、より悪質化したネット犯罪に巻き込まれるか、偏った知識でおかしくなる。
- いずれにしろ、悪意のある本当の有害サイトは、アングラ化して益々繁盛する。
MIAUのメンバーである池田信夫氏のブログでも、この問題について多くのコメントが寄せられていますが、 手前味噌じゃないですが反対派(ここでは大多数)の意見は大体理にかなっているし、現実を知っている感じです。ところが、一人孤軍奮闘していらっしゃる推進派の先生は、極端な事例+観念論で突っ走っているように見えます。
ネット規制の前にすべきことが満載
多くの規制推進派も「ネット規制だけで問題が解決するとは思っていない」と口では言うものの、具体的な提案について殆ど聞いたことがありません。それなのにただ「何もしないよりマシ」といって、ネット規制だけに血道をあげる理由が僕には判りません。
ありていに言えば、子供にとって最も危険で有害な存在になりうるのは、他ならぬ親自身です。現行法では子供が半殺しの目に遭うまで、周りの大人は殆ど手出しできないですよね。そこまで酷い虐待じゃなくても、自分の思い通りにならないとすぐ子供に手を出したり、罵声を浴びせたりする親も良く見かけます。こうした家庭環境が子供に与える悪影響はネットどころの騒ぎじゃありません。
次に学校も危険。ネットイジメなんて、学校でのイジメの延長戦を家庭でやってるだけですから、元を断たなきゃダメです。つまり、規制すべきはネットじゃなくて学校ってことです。イジメがあると判ったら、そういう学校には、青少年を立ち入らせてはいけません(^^;
そう考えると、ネットなんて所詮は出入り自由なバーチャルワールドです。だから、本当の危険に満ちたリアルワールドで、どうサバイブしていくかを教える良い教材になるのではないでしょうか。
例えば、生徒をブルセラショップに連れて行って「こういう店で使用済み下着を売ってはいけません」と教える郊外学習は無理ですが、ブルセラサイトを見せて危険性を解説することは出来ますから。
それでもネット規制だけが突っ走る理由
どうも世の親というか大人は、自分たちの子供(若者)時代は、(少なくとも今よりは)良かったと思いこむ傾向があるようです。これは「思い出は美化される」原理で、僕はこれを「ノスタルジーバイアス」とでも呼びたいです。
しかし実際には、80年代初頭の僕の中学時代もイジメは酷かったし、ヤンキー全盛時代なので、物を壊すような校内暴力は今よりも確実に酷かったはずです。
団塊さんがヤングだった頃の大学は、過激派が横行していて授業が度々妨害されたり、酷いケースでは自分の友達が何人か反対派グループから暴行を受けて殺された、なんて武勇伝(?)もあります。
結局ネット規制に走る人たちは、自分自身や自分が属する社会の問題を棚上げにして、ネットという得体の知れない存在に諸問題の原因を求めているように見えます。魔女狩りや厄介払いのようなもんです。或いは、自分たちの責任を問われない規制しやすい対象から規制していく、と言ったところでしょうか。
そもそも、規制を声高に叫ぶほど、大人たちはネットを活用して、理解しているのか? という疑念もあります。TVや新聞でネットがらみの犯罪報道だけを見て「ネットって怖いよね」と刷り込まれているだけではないか?そう考えると、青少年より先に大人のネット教室が必要かも知れませんね。
と言う訳で、ことの経緯は多分こんなところかと:
- 世の親バカが自分の事を棚に上げてネット規制を叫ぶ。
- それをうけて、政治家が人気取りのために規制に乗り出す(マスメディアと違って圧力団体が無いので規制しやすいし)。
- ネット及び世間知らずの学者先生が、観念論、法律論で後押しする。
- 「これをまともに適用したら殆ど全ての国民が有罪」という法律を作っておいて、官僚が自分の好きなときに見せしめ的に取り締まれる(スピード違反と同じ原理)。
- 官僚による人治国家の出来上がり
最後のオチはこの件に限らず、いつものこの国のパターンですね。
おっと、「バカ」とか書いちゃったので、このブログは「18禁」ですよ。よって、「健全な」青少年は見ないでくださいね。あと、フィルタリングソフト会社の方も、当サイトはアダルト指定でよろしくお願いします。