EVのエネルギー効率2011-01-29
今回は久々に基礎知識です。それも根源的なテーマ「EVは効率が良く、省エネなのか?」
巷では「EVはエコで経済的」と言った宣伝から、「EVはCO2を出さないって言うけど、火力発電で発電して石油とか使ってるから意味ないじゃん」的な懐疑論まで様々。果たしてどれが本当なのか?検証してみたいと思います。
EV vs 内燃機関の効率比較
EVと内燃機関車(ICE)のエネルギー効率を比較する際に良く用いられる指標は同じ量の原油からどの位走れるかです。経路としては・・
- EV:原油⇒火力発電⇒送電⇒バッテリへ充電⇒放電⇒モーター⇒車輪
- ICE:原油⇒精製⇒輸送⇒給油⇒エンジン⇒ミッション⇒車輪
という風にエネルギーの形態が変化していき、その都度ロスを生じながら、結局最初の原油のエネルギーの何%が動力として車輪に伝わったかが問題になります。これを油井から車輪へという意味で“well to wheel”と言います。
これを色んな人(組織)が計算してるのですが、各段階でのエネルギーの伝達効率の見積りがマチマチなので、全体として大きな差が生まれています。
それでは、具体的な意見を見ていきましょう。上の方がEVに肯定的な試算で下に行くほど否定的になります。
機関名 | EV効率 | ガソリン車効率 | 寸評 |
---|---|---|---|
慶応義塾大学 | 35% | 8.6% | 「エリーカ」で有名な清水教授のいる慶大。発電効率53%と高め。エンジンの効率が機械損失を含め9.6%はかなり低め。 |
国立環境研究所 | 50km/L | 15km/L | モーター効率の90%は、インバータの損失等を含めると若干高め。 |
三菱自動車(54P) | 29% | 12% | 凡そ中立と思われる。ディーゼルとの比較もある。 |
元エコカー開発者ヒロさん | 19% | 16% | ガソリン機関の効率が23%と高め。EVにも精製を入れてる。EVよりHVの方が高効率という結論は、トヨタ関係者だから?これについては彼のブログで議論しました⇒がんばれエコカー(コメント欄下のほう) |
日産EVフォーラム | 14% | 12% | モータ効率が75%と低い。リーフの日産なのに何故? |
こうしてみると、主にエンジンやモーターの効率について意見の相違があるようです。これらについて見ていきます。
出典:http://www3.fed.or.jp/salon/ev/ev05_shimizu.pdf
モーター系の効率
上の表は回転数とトルクに応じた、効率の分布マップです。日本製のEVで主流の永久磁石式同期モーター(右端)の大半の領域で90%以上の効率をマークしています。ピーク付近で落ちるものの、現実の走行モードで平均して90%はあるでしょう。
またモータの場合、出力を制御するコントローラが必要ですが、現在主流のパワートランジスタによるPWM制御は通常95%程度の効率を出します。以前の記事に掲載したi-MiEVの資料(今は無い)に寄れば、コントローラの効率は96%とのこと。更に電池の充放電の際に生じる損失があるので、上記のサイトによれば84%位の伝達効率となるようです。
一方、EVには回生ブレーキという助っ人が居ます(上述のサイトの中では、回生ブレーキを含めたモータ効率を掲載しているものもあるかもしれません)。回生ブレーキで何%くらい電費が改善するかですが、簡素な電気スクータでは約10%、シボレーボルトが15%程改善するそうなので、ここでは15%改善することにしました。
ガソリン車の効率
一方、ガソリンエンジン(左端)は、34%をピークとした尖った山になっており、しかもパワーの上限(アクセル開度100%)付近の方が高くなっていることが判ります。これだけ見ると平均効率は30%近くありそうに思えます。しかし、現実は殆どが低回転・低負荷運転(グラフの左端の方)に集中する為、平均効率は20%程度に留まります。
ちなみに、それなら小さめのエンジンを積んで、アクセルを常に全開付近で運用すれば良いように思えます。しかしそれではイザという時の余力が無いので、仕方なく大き目のエンジンを積み、普段は非効率な領域で運転していると言うわけです。
更に内燃機関の場合、変速機が必ず必要ですが、ここでも損失が発生します。ミッションには幾つか種類がありますがAutomotive Technologyによれば・・・
「低中負荷において6MTや乾式DCTは効率が90~95%であるのに対し、湿式DCTでは85~90%、一方ATでは80~85%程度にとどまる。」との事です。日米では殆どがトルコンATであり、MTやDCTの分は損失の大きいCVTで相殺されるとすると、ミッション効率の平均は85%程度と考えられます。
よってエンジンとミッションを併せた効率は16%となります。
ディーゼル車の効率
ディーゼルエンジンはガソリンエンジンに比べて20-30%程度燃費が良いとされます。 理由は次のようなものです。
- 圧縮比が高く理論効率が高い。
- スロットルがない(空気流量を絞らない)為ポンピングロスが少ない。
- 同排気量で比較して実用回転域のトルクが2倍近く大きい(高効率ゾーンを使いやすい)。
更にディーゼルの燃料である軽油は精製効率においてガソリンより有利なのです。なぜなら軽油は原油の蒸留によって出来ますが、ガソリンは一旦ナフサにし、それを改質して出来るからです(東燃ゼネラル石油)。
一方、ディーゼルの難点はシリンダ内が高圧な為、全てを頑丈に作らなければならない事(つまりコストアップ)。そして更に致命的なのは年々厳しくなるNOx規制です。Euro5,Bin5辺りに適合しようとすれば、高級触媒やら尿素還元システムやら大そうな浄化・還元装置が必要になります。wikipedia:ディーゼル自動車
よってトヨタに言わせれば「同じだけ燃費改善しようとしたとき、最も低コストなのはHV化だ」となります。これがどうやら手前味噌だけではないと言う事は、欧州車が徐々にHVやEVにシフトしつつある事からも判ります。
ハイブリッド車(HV)の効率
ここではトヨタのHVシステム(THS)について考えます(ホンダのIMAはこれより燃費が悪い)。
THSについては上記のような試料が無いので、実際の燃費から概算します。と言っても35km/Lとかの10/15モード燃費をそのまま信用するわけではありません。ユーザー評価によれば平均燃費は20.79km/Lとなっています。まるめて21km/Lとします。
一方、プリウスがもし普通のガソリン車だった場合燃費はどのくらいでしょう?1.5Lサイズで低燃費タイヤや低空気抵抗ボディーを採用していれば13km/Lは行くでしょう。よってHVによる燃費向上分は21/13=1.6倍となります。
そもそも原理的に、ヒロさんのサイトに書かれているように、HVがピュアEVより高効率という事があり得るのでしょうか?火力発電所より効率の悪いガソリンエンジンで発電した電力でモーターを回し、それでガソリンエンジンをサポートするHVが、EVより効率が良いとは思えません。数式で検証してみましょう。
モーターの効率(EV/HV共通、含インバータ)を ηm
火力発電所の効率を ηg
HV用ガソリンエンジンの平均効率を ηe
HVの発電機の効率を ηo
とすると、先ずHVが100%エンジンで走ってる時の効率は:
ηe ・・・①
となり、次に100%モーターで走ってる時の効率は:
ηe * ηo * ηm ・・・②
となります。 よってHVの効率は①と②の間の何処かにあります。便宜上、丁度中間とすると、HVの総合効率ηhは:
ηh = ( ηe + ηe * ηo * ηm ) / 2
となります。もしこれがEVの効率ηm*ηgより良いとすれば;
( ηe + ηe * ηo * ηm ) / 2 > ηm*ηg
が成立します。この式を変形していくと;
ηe/ηg * (1/ηm+ηo) > 2 ・・・③
となります。ここでηmとηoは共に0.9前後の効率なので;
1/ηm+ηo ≒ 2
と近似でき、 式③は次のように置き換えられます。
ηe/ηg > 1
これはHV用ピストンエンジンが、火力発電所のガスタービンより効率が良い事を意味し、原理的に考えにくいです。
具体的な数字を挙げると、HV用エンジンは上のグラフのうち効率の良い部分を使っているので、 平均効率は30%程度と推定できます。一方、火力発電所の効率は、後述しますが日本の平均で43%、世界的の中で最も効率の悪いインドや中国で同程度です。
火力発電所の効率
火力発電の効率も人によって若干の差があります。東京電力のサイトによれば、日本の火力発電の効率は43%。更に東京電力は誇らしげに47%まで伸びてます(このグラフの描き方はちょっと反則ですが)。低い方はインドや中国が30%程度に留まっています(それでもガソリンエンジンの実効効率よりは大分マシ)。
ここでちょっと注目して欲しいのは、表の注釈にもある通り、火力発電の原材料は石油だけでなく石炭や天然ガスも含むと言う事です。 と言う事は、このままでは当初の目的、即ち「同じ石油で何km走れるか?」の比較ではなくなります。ならば石油発電に限った熱効率は?と探して見たのですがデータが見つかりませんでした。なので日本の平均である43%としておきます。
ちなみに再び東京電力によれば、最新のコンバインドサイクル発電は61%という高効率になっています。同じ内燃機関なのに何故ガソリンエンジンの最高効率の2倍以上が出せるのか?・・・先ずはピストンエンジンよりガスタービンエンジンの方が廃熱再利用等により高効率な事。そして基本的に内燃機関は大型の物を定常運転する方が高効率であることが考えられます。
一方、自動車に搭載する内燃機関は、サイズ当りのパワーが結構必要であり、且つ運行状況によって刻々と変化する要求出力を瞬時に引き出せなければなりません。これらは内燃機関にとっては、効率的にも排バス的にもかなり過酷な状況です。誤解を恐れずに言えば、内燃機関は自動車のパワーソースと言う用途には向いていないのです。
EVと内燃機関車の効率比較
以上を踏まえて総合効率を計算したのが次の表です。
EV | ガソリン | ガソリンHV | ディーゼル | |
---|---|---|---|---|
精製 | 86% | 93% | ||
輸送・給油 | 95% | 95% | ||
エンジン | 20% | 25% | ||
ミッション | 85% | 85% | ||
発電 | 43% | |||
送電 | 95% | |||
充放電 | 84% | |||
インバーター | 95% | |||
モーター | 90% | |||
回生ブレーキ | 115% | |||
総合 | 34% | 14% | 22% | 19% |
上述の通り、ディーゼルエンジンの効率はガソリンエンジンの25%増し。ガソリンHVの総合効率はガソリン車の1.6倍としました。
総合効率を見て如何でしょうか?このようにEVはガソリン車の2倍強効率が良いというのが世間の相場だと思います。また、トヨタHV(THS)はガソリン車の1.6倍程度。ディーゼルは若干劣るが、走行モードが定常運転に近いとHVと同等か逆転する可能性があるでしょう。
尚、この計算はドライブシャフトの損失を含んでいませんので、正確には「油井からエンジン又はモーターのアウトプットシャフトまで」となります。よって、EVのインホールモータを前提にすれば、両者の差は更に開く事になります。