原発という足元の危機2011-03-24
計り知れない程多くの人の生命や財産を奪っていった東北大地震。そしてこれによって、日本史上最悪(世界的にもワースト2)の原発事故が起きてしまいました。
この件については僕も事故直後からTwitterでは様々な事を書きましたが、ようやくまとめらしきものを書きました。
福島第一原発の壊滅的な状況
福島原発に関するメディア報道、政府、東京電力、原子力保安院の会見、そしてTVに出演する「専門家」・・・どの説明を聞いてもさっぱり分からない、と苛立ちを覚えた人も多かったと思います。
そんな中、ネットで評判になったのが、大前研一氏の解説です。僕もこれで初めて何が起きているのか判った気がしました。彼は起業やコンサルティングで有名ですが、若い頃はMITで原子力を専攻しその後東芝で原子炉の設計をやっていたという事を今回はじめて知りました。
最初の動画で話した内容は、日経BPの記事になっていますのでご覧ください。ここではその後の公演の模様を貼り付けておきます。
上のビデオも日経BPの記事になっています。
以上を踏まえて、僕なりに要点をピックアップしてみました。
- 今回の福島原発の事故はスリーマイルより悪く、チェルノブイリよりマシなレベル6に相当する。それを今頃レベル5に格上げした原子力保安員に世界の不信感をかっている。
- 今回の事故によって、世界的に反原発の世論になるのは必至。今後の新規着工は無理。日本の原発輸出計画も頓挫。日本の原発技術も失われる(又は海外流出)。
- 今後もし原発をやるにしても民間企業ではリスクを負いきれないので、国営でやるべき。
- 一箇所に6機も原子炉が集中するのは危険だが、原発建設では地元の了解を得るのは大変なので、一旦許可が下りるとそこに集中してしまう。
- バックアップ電源が全滅。①ディーゼル水没 ②外部電源は多分変電所が地震で壊れる ③バッテリーは8時間で終了 ④急遽集めた電源車50台も電圧が合わずに使えず(GE設計の原子炉は400Vと6kV)。
- 使用済み燃料は、高知に中間処理施設を作りそこに10~50年貯蔵するつもりだったが、地元の反対で出来なかった。よって仕方なく原子炉建屋の中に使用済み燃料プールを作って保存してる。テンポラリな設備なのでプールの板圧は薄く、水位が下がると燃料の崩壊熱で底が抜ける。
- 津波の被災地を復旧させるべきではない。国がビジョンを示し高台に全く新しい街を作るべき。
- 復興資金の調達のために、国債を発行してはいけない。国債が暴落したら復興どころではない。消費税2%UPを1年限定で4兆円、最長2年で8兆あれば足りる。
- 東電は下請け業者を見下している。火傷の件も、線量の上昇を伝えない線量計や長靴すら持たせない。一方、防衛省が自衛隊員の死亡時補償を1.5倍に拡大し9000万円に。これは米軍の10倍。
- 15-16日の線量ピークや吐き出す黒鉛、施設内に溜まった高レベルの放射能汚染水から見て、1,2,3号機は全て炉心溶融した可能性が高い。
- 燃料棒が溶けて圧力容器の底(福島は丸い形)に溜まると再臨界を起こす可能性がある。もしくは圧力容器を溶かして格納容器底部に滴り落ち、そこで固まり「像の足」になる。ホウ酸で満たされてる筈なので再臨界になる可能性は低いが、仮になっても平坦な床に広がっているので飛び散って終わり。格納容器底部を溶かして人工岩に到達すると、汚染水が外に漏れる。とにかくホウ素を入れ続ける事が大事。
- 米国は独自に情報を収集。早期に炉心溶融を覚悟。自国民に対する避難地域を50マイル(後に名古屋以西)に設定し、大使館を大阪に移動。ただしこれは米国の法律によるもので、実際にはそこまで逃げる必要は無い。
- 現状は石棺で封じ込める案には反対。コンクリートは熱や蒸気に弱いので腐食する。5-10年かけて冷却後に石棺で封じるべき。
- 日本には放射性廃棄物の最終永久貯蔵施設が無い。ロシアに頼むしかない。
- 原発の安全設計は確率論。今回の事故では破綻してる。またGEのマニュアル通りの運用なので、現場の知恵を生かせなかった。
- ナトリウムを使う「もんじゅ」の冷却は遥かに難しい。高速増殖炉はもう止めるべき。
- 政府の避難勧告はあいまい。直近エリア以外は一旦家に返して、引越しの準備など出来るようにすべき。
- 農作物の出荷停止措置もパニックを拡大した。消費者には注意事項を説明し、生産者には検査を義務付ければ良かった。
- 計画停電は弱者いじめ(田舎のほうばかり停電)。節電ムードでイベント中止⇒経済停滞。製造業の海外移転が進む。
- 節電よりピークを抑えることが重要。大口顧客に節電要請し超えた分はペナルティーを課すなどすべき。
最近では隠し切れずに明らかになりましたが、大前氏が最初のビデオをアップしたころは、東電も政府も炉心溶融を認めていませんでした。このように悪い情報は出来るだけ伏せ、悪い見通しは口にしないという姿勢は「パニックを起こさない為の配慮」でも何でもなく、責任者の単なる自己保身です。危機管理責任者が先ずやるべきなのは、今判っている状況やデータを全て即時に公開する事。そしてこの状況から予想できる今後の見通しについて語る事です。
何シーベルトか検出されたとき「直ちに健康を害するものではない」という言葉が流行りましたが、これは川が氾濫して水が膝まで来てる人に「直ちに溺れる水位ではない」といってるようなものです。今大丈夫なのは当たり前、知りたいのは今後どうなるかです。
燃料を冷やす為に放水を続けざるを得ないが、圧力容器や格納容器そして冷却系配管に穴が開いていてそこから漏れている、となれば今後何週間いや何ヶ月も汚染水を垂れ流し続けるのは目に見えています。周辺の半径何十キロかは一般人が永久に立ち入れないエリアになるでしょう。勿論農業も漁業も事実上不可能。
だから、周辺住民を一時避難のように避難させている現状はおかしくて、本来は「当面自宅に戻る事は可能です。しかし、今後は住めなくなるので、引越しの準備を始めてください」と政府はいうべきだと思います。
大手メディアの報道姿勢と大人の事情
TVや新聞は今でこそ危機的な状況にあると報じていますが、当初は東電や保安院の意味不明な会見をそのまま流し、「危機を煽るデマには惑わされないように」的なスタンスでした。Ustreamなどで東電や保安員の会見を無編集で見たりしましたが、どうでも良い質問をして貴重な時間をよくロスしていました。
第三者機関とリーダーシップの不在
- 戦力の逐次投入
- 短期決戦のスタンドプレーを好む指揮官
- 補給を無視した人海戦術
- 縦割りで俗人的な組織
- 情報の軽視
無計画な計画停電と的外れな節電広告
「混乱を避けるため」という名目の計画停電が各地で混乱を起こしています。信号が停止して交通事故が起きたり、個人クリニックでは人工透析が開始できなかったり。日産のゴーンCEOもTVで言っていましたが、工場は電力消費を抑える事は出来ても、停電には対応出来ません。しかも、停電計画が直前に通達されるから尚更ひどいそうです。
また、大前氏も言うように、停電する地区も差別的。官庁が集まる千代田区なんかは停電させないが、足立区や荒川区のような下町、そして埼玉の田舎のほうばかり停電させるといいます。勿論東電は仔細を説明しませんが、「首都機能を守る」という人々の空気に便乗しています。停電差別を受けてる地区の住人はもっと怒ってよいと思います。
世間では「原発があのような状態だから電力不足なのだ(だから仕方が無い)」という、ある種東電にとってラッキーな思い込みがあるようですが、実は火力発電所も結構地震で停止していて、ここで失われた発電能力も大きい筈です。 ところが東電は「各発電所の能力はこれだけで、このうちどれが停止しているからトータルの発電量はこれだけ」といったデータを出しません。
しかし、環境エネルギー政策研究所(ISEP)というところのデータは、計画停電は必要無い事を示しているといいます。http://www.taro.org/2011/03/post-969.php 今は政府も東電も「計画停電はしない方向で」という事になりましたが、 それでも実質的な決定権は依然東電にあります。大体、地域持ち回りで電力をぶった切るなんてのは終戦直後の発想です。これを「非常時」ムードに流されて許可してしまった菅総理は浅はかという他ありません。
また言うまでも無く、夏場の電力ピークを乗り切るために必要なのはピークシフトです。 夜中に節電しても意味はありません。なのにTVで見るACの広告は「使わない家電のコンセントは抜きましょう」等と的外れな事ばかり言ってます。「これは一般的な心がけで、悪い事ではない」等という意見もありそうですが、今重要な話じゃないでしょと。それに、これを直近の電力不足対策だと勘違いする人は多いと思います。
何か役所や大企業の不手際は棚に上げて、一般人にやたらと節制を呼びかける態度が鼻につきます。それを言うなら「貴重な電波と電力を節約するため、無駄なAC広告は控えましょう」と言いたいです。
杜撰な原発行政と今後の課題
恥ずかしながら、大前氏のビデオを見て、放射性廃棄物の処理についてもこんなに杜撰なんだと初めて知りました。中間処理施設も永久貯蔵施設も目処が立っていないのに、原発を稼動させてる現状はまさに「トイレの無いマンション」です。「CO2削減のために原発を」と言いますが、行き場の無い高レベル放射性廃棄物を将来世代に残す原子力が「クリーンエネルギー」とはブラックジョークにしか思えません。
破綻した高速増殖炉
福島原発に直接関係はありませんが、核廃棄物に関連してこんな記事を見つけました。衆議院議員河野太郎氏のブログです。
高速増殖炉は40年以内に商業化出来ないとされた代物なのに、日本は45トンものプルトニウムを保有し、おまけに40兆円もかけて再処理工場を建設し、さらにプルトニウムを生産しているそうです。↓
苦肉の策として、余ったプルトニウムを「有効利用」する為に出てきたのがプルサーマル計画です。しかしこれに使われるMOX燃料はプルトニウムを1割しか消費しないので殆ど意味が無いと。全く何をやっているのでしょうか?
「日本はエネルギー需給率が低いから原発」という理屈も良く聞きますが、ウランやプルトニウムも100%輸入です。しかも、化石燃料と同じで何時かは枯渇する天然資源です。 しかも原発は高レベル放射能廃棄物というオマケつきです。
産官癒着の温床
東電の処理と電力自由化
数兆円と言われる原発事故の賠償は、東電及び株主が身銭を切って払うべきです。東電だけではまかなえないからと言って、国が肩代わりする事は納税者が負担する事と同じです。一時国有化の案も、つまるところ国が賠償を立て替える事ですが、東電が国に借金を返済できなければ、結局国民負担になります。
逆に借金を返済できた、あるいは自力で賠償出来たとしても、それは電力の売り上げから捻出したもの、つまりは電量利用者の負担です。勿論東電は「賠償金を払わなければならないので、その分電力料金に上乗せさせてくれ」とは言わないでしょう。しかし、「電力需要逼迫の為」とか「新エネルギー開発の為」とか理由は幾らでもつけられます。
なので、僕の考えは河野氏の意見と同じで東電の解体です。先ず、東電を送電網と発電部門に分け、送電は国有化、発電部門は民間に売却し売却益を補償に当てる。電力族は「ドサクサにまぎれてけしからん」と言うでしょうが、公共インフラとしての送電網は国有で、発電は自由競争というのが先進国として普通の姿でしょう。
「電力の安定供給」というのが、送発電独占の大義名分でしたが、これは今回の件で反証されました。そもそも「安定供給が大事だから民間はだめ」と言う理屈なら、スーパーも宅配便も銀行も国策企業でなければなりません。緩くつながった主体が分散適応する系のほうが危機に強いのです。
また、「安全第一の業種は民間はだめ」というのも神話です。もしそうなら、鉄道も航空会社も自動車メーカーも国策企業でなくてはなりません。民間企業は一旦事故が起きたら身銭を切って補償しなくてはなりませんから、本当の安全を追求するインセンティブがあります。しかし、国営なら「安全である」という書類上の体裁さえ整っていれば、何かあっても責任を取る必要はありません(せいぜいトップの面子が変わるだけ)。
さらに、エネルギー開発におけるイノベーションの促進という意味でも、民間の自由競争は必須です。変な規制や補助は市場を歪めるので、健全な競争環境を構築する為の規制改革は必要です。
と言うわけで、冒頭の大前氏のコメントの中で一点だけ賛成できないのは、「原発をもしやるなら国がやるべき」と言う部分です。原発は原理的に一旦始動したらなかなか止めにくいシステムです。同様に国の公共事業も、ダムのように一旦計画したら何十年も経って意味がなくなっても、なかなか中止になりません。 だから、国策として原発をやると言う事は、2重の意味で暴走する危険が高いのです。
原発のコスト
原発推進派の最後の砦というか、原発の本質的メリットは「低コスト」でしょう。原発はあらゆる発電方法の中で最も低コストという事になっていますが、これも大変怪しくなってきました。 そりゃ減価償却がとっくに終わった築40年の原発を運転している状態だけを見れば大儲けでしょう。しかし、今回のように一旦壊滅的な事故が起きてしまうと、なん10年もかけて廃炉処理を行ったり、住めなくなった近隣地区住民、実質営業不能となった農業や漁業への補償は莫大な金額になります。
いや、仮に今回のような壊滅的な事故想定しなくても、放射性廃棄物処理や廃炉の費用、用地買収や地元への保証金などを冷静に評価すると、果たして低コストな発電方法なのか甚だ疑問です。何れにせよ、地震や津波の多い日本で、原発を運用する事が経済合理的とはとても思えません。
再び河野太郎氏のブログ記事を参照すると、経産省が発表した原発のコストを検証する為に、バックデータを要求したら、大半は企業秘密を理由に黒塗りだそうです。これは高速道路や空港建設の際の需要予測を思い浮かべれば簡単に想像がつきます。役所や独占企業にとって必要なのは、建設を前提とした架空のデータであって、利用者にとっての真のメリットではないからです。
さらに、超党派の議員連盟が自然エネルギーの買取をルール化しようとすると、経産省は各党の幹部に根回しして、このルールを潰したRPS法を通したと言います。それによって、日本のクリーンエネルギーは随分遅れたと。
今後の発電ミックス
どうやら原発はコスト的に割が合わないし、今後は世論として(少なくとも先進国では)新たな原発を建設する事は不可能でしょう。勿論、全ての原発を即時停止せよとは言いませんが、多かれ少なかれ原発の比率を下げざるを得ないと思います。因みに東電は事故前に、原子力の発電比率を2019年に50%まで高めようとしていました。http://www.tepco.co.jp/eco/report/glb/03-j.html これは流石に撤回せざるを得ないでしょうが、まだまだ原子力願望は燻っているかもしれません。
一方、風力や太陽光発電はコストや発電能力の点で、今後10年は主力になる事は無いと思います。理論上太陽エネルギーのポテンシャルはずば抜けていますが、利用できてるエネルギー比率があまりにも小さい。太陽光パネルの技術にブレークスルーが無いと、商業用の大規模発電は辛いと思います。
風力は無知な自治体と怪しいコンサルが、地勢を無視して巨大風車を導入するから採算割れする、なんて話もあるので、本来のポテンシャルが発揮できていないかもしれませんが。いずれにせよ、風任せ/天気任せでは、ピークシフト用の自家発電など補助的な用途ならともかく、電力網に供給する為の主要な電源とはなり得ません。
そうすると、当面は火力発電に頼るしかないでしょう。原油価格は益々上昇しそうな勢いですが、天然ガスは供給量が増えているようなので値下がりするかもしれません。この場合、問題になるのはCO2の排出ですが、処分先が決まっていない放射性廃棄物よりマシだと思います。
中長期的には、日本は地震大国という災難を逆に生かす発想で、地熱発電に力を入れたら良いと思います。しかも、日本企業の発電設備やリモートセンシングの技術は世界的に優れていて、すでに高いシェアを誇っていると言います。地の利良し、技術良し。
障害としては、温泉地に近くて地元の観光協会が反対するとか、多くは国立公園になっていて法的に建設できないなどと言われています。しかし、地熱発電所が温泉に悪影響が出るような所にしか立地できない訳ではないでしょうから、多くは未知なものへの不安と言ったところでしょう。
あと重要なのは、規制改革をやった上で、民間の創意工夫に任せる事ですね。民間企業あるいは民間資本が収益性を確信し、自腹で事業に参入したとき、初めて経済的な発電方法であると言えます。公共事業として国が建設したり、許認可事業にするとまたそこに利権が生まれます。 「地熱保安院」のような官庁の外郭団体がいくつも出来て、収益性が悪い無茶な計画に、天下りを受け入れたゼネコンが落札する、なんて姿は見たくありません。
どんな発電方法を採用するかは民間企業、ひいては利用者が決めるべきことです。役所や独占企業が身内の事情(利権の維持)の為に、エネルギー技術の進歩が歪められてはなりません。
原発問題のEVに与える影響
実は震災後、EVには旗色が悪い状況になったと感じました。電力が不足していると言うのに、大容量のEVバッテリーに充電する事が許されるのかと。
しかし実際には、ガソリン供給の方が深刻なダメージを受けました。津波でガソリンスタンドが破壊されたばかりではなく、仮に無事でも交通が寸断され燃料の供給がストップしてしまいました。僅かなガソリンを求めてGSにも長い行列が出来たり、実際には影響が無い首都圏まで狼狽買いで品薄状態になりました。
そんな中、仙台の宅急便が1台だけ保有していたミニキャブEVが地震3日後から活躍したと言う話を聞いて勇気付けられました。http://www.tv-tokyo.co.jp/wbs/highlight/post_1780.html 電気は比較的早く復旧するので、EVは震災に強かったのです。さらに、宅配業務は走行距離が短い為、バッテリー容量をむしろ減らせるくらいだと言います。
ただ一方で、東電がまるでオール電化の付属品のようにEVを推奨してきた事には、強い違和感を覚えます。 「オール電化で夜間の電力が割引、そこでEVを充電すればお得」と言うキャンペーンは、ベース電源としての原発を増やす事とセットだからです。
「当面は火力を主体に」と言いましたが、貴重な石油を有効利用するためには、直接車に入れて走らせるより、火力発電をしてその電力でEVを走らせる方が良い、と言う事になります(⇒EVと内燃機関のエネルギー効率比較参照)。
もっと言えば、走行距離そのものを減らす事が最も省エネなわけで、車が何であれ例えば通勤で毎日片道40kmも走るのはどうかと思います。よく問題になるEVの航続距離ですが、逆説的に「1日の走行距離がそれを超える人はライフスタイルを見直しましょう」と言う事ではないでしょうか?